私にないものを持つ彼ら。

今こうして人間として生きている。もし私が私でなかったら、どんな日々を過ごしていたのかとふと考える。
妄想するのが、何より得意だ。

鳥のように空を飛べたらいい。
留鳥ならまだいいかもしれないが、渡り鳥であれば、遠い所まで飛んで移動するのは疲れはしないだろうか。帰るべき場所があればいいけれど、もしそれを探しているとすれば、どこまで飛んでいいのか途方に暮れてしまう。
チーターのように速く走れたらいい。シマウマとチーターどちらが幸せかと聞かれたことがある。多くの人はチーターと答える。シマウマは捕まれば餌食になってしまうが、チーターは食べられる心配がない。しかし、チーターはその日の食料を確保するのに精いっぱいだ。狩りに命懸けで、早々失敗はできない。死に直結するからだ。シマウマはそこらじゅうに生えている草を食べ放題だ。明日の暮らしに困ることはない。

自然界に生きるということは、動物社会で生き残ることは、ぬるま湯に浸かっている人間にはとても厳しい。私が思うほど、自由やわがままは許されないのかもしれない。
人に飼われている犬や猫は、毎日幸せで安心だと、そんなことを感じているだろうか。